共有

第261話

作者: 宮サトリ
瑛介を見た奈々は、一瞬驚いた表情を見せた後、喜びの笑顔を浮かべて病床から降り、彼の方へと歩み寄った。

「瑛介、どうして急に来たの?おばあちゃんの具合はどう?手術はうまくいった?」

しかし、瑛介の前に立つと、彼の顔色が青白く、冷たい目つきをしていることに気づいた。

瀬玲と幸太朗のことについて考えると、奈々の心は落ち着かなかったが、それを表に出すわけにはいかなかった。ここで動揺してはいけない。今は冷静さを保つ必要があった。絶対に、瑛介に自分の内面を見透かされてはならない。

瑛介の声は冷たかった。

「おばあちゃんは大丈夫だ。お前は?」

「え?」奈々の心臓が跳ねた。聞き間違えたかと思った。

今、瑛介は自分がどうしているのか聞いてきたのだろうか?

「友達は?」瑛介は部屋の中を見回した。「どこに行ったか知ってる?」

「詳しくは知らないわ」奈々は首を振って下唇を軽く噛んだ。「私が出かけた時に、みんな探しに行ってくれたんじゃないかな」

「そうか」

瑛介が何を言いたいのか、奈々には分からなかった。自分が見抜かれたと思いきや、彼はそれ以上何も言わず、ただ静寂を保っていた。

だが、その視線は奈々の背筋を凍らせた。

初めて、奈々は瑛介がいつもと違う人間に見えると思った。なぜ彼は自分をそんな警戒心と探究心で見つめるのか。

いや……

どうしてこんなことになるの?

奈々の心は蟻に食い荒らされるような痛みを感じていた。瑛介のそんな目で見られるのは耐えられず、小さな声で尋ねた。

「瑛介、どうしたの?何かあったの?ごめん、勝手におばあちゃんのところへ行ったから怒ってる?」

そう言いながら、奈々は瑛介の服の裾をそっと掴んで、細い声で続けた。「瑛介、もう怒らないでくれる?」

瑛介は目を伏せて、自分の服の裾に触れている彼女の手を見て、ゆっくりとその手を離した。

手を放された奈々は、体勢を崩し、倒れそうになった。

「もう一度聞くけど、本当に彼女たちの行方が分からないのか?」

「本当よ、私には分からない」奈々は首を振った。「瑛介、彼女たちを探してるの?また何か嫌なことをしたの?そうだとしても、すぐに電話して叱ってあげるから、怒らないで」

普段なら、瑛介はきっとそんな奈々がかわいそうで、これ以上厳しく言うのは気が引けただろう。

だが、今回は彼の怒りのボタンを押してし
この本を無料で読み続ける
コードをスキャンしてアプリをダウンロード
ロックされたチャプター

最新チャプター

  • あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した    第1093話

    話しているうちに、浩史はすでに彼女の正面まで歩み寄っていた。突然近づいてきた男性の気配に、由奈は思わず息を呑んだ。胸の奥がざわりと波立ち、無意識に二歩ほど後ずさって距離を取った。その仕草に、浩史は薄い唇をわずかに引き結んだ。「......何の用だ?」「大内さんが見当たらなかったので、代わりに報告書をお持ちしました」その言葉でようやく、彼は彼女の手にある書類に気づいた。無言で腕を伸ばし、すっとそれを受け取った。浩史が書類を開いて目を通し始めるのを見て、由奈は「もう用は済んだ」と判断し、小さく一礼して言った。「特にご用がなければ、私はこれで失礼します」そう言って踵を返そうとしたその瞬間「ちょっと、オフィスに虎でもいるのか?」低く鋭い声が、背後から飛んできた。由奈は一瞬きょとんとし、振り返った。「......え?」「分からないか?」浩史は眉をわずかに上げた。「そんなに急いで出ていくとはな。まるでここに獣でもいるみたいだ」ようやく彼の言いたいことを理解した由奈は、居心地悪そうに目をそらした。「まさか、辞表を出してからずっと僕を避けているんじゃないだろうな?」「僕が怖いか?」「怖い」という言葉が彼の口から出た瞬間、由奈の顔色が変わった。「そんなことありません!社長は......いつもよくしてくださってました。苛められたなんて、そんな」確かに、以前は仕事があまりに忙しく、何度も残業が続いた。そのころの由奈は、彼を陰で鬼上司と呼んでいた。彼は自分が仕事狂なだけでなく、部下まで巻き込んで徹夜に付き合わせるタイプだ。一社員のはずなのに、まるで会社全体を自分ひとりで背負わされているような気分だ。「そうか?」浩史は細めた瞳で彼女を見つめ、「じゃあ、なぜ僕のことを『鬼社長』などと呼んでいた?」由奈は凍りつき、引きつった笑みを浮かべた。「それをまだ覚えておられたんですか......あ、あれはほんの冗談です!その、つい口が滑っただけで、悪意はまったくありません!」必死で言い訳しながら、彼の視線に耐えきれず目を伏せた。「それに......」由奈は勇気を出して続けた。「正直言うと、社長の下で学んだことは本当に多かったです。厳しかったですけど、そのおかげで私はずいぶん成長できました」

  • あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した    第1092話

    実のところ、沙依が仕事を覚えるのが早ければ早いほど、由奈にとっても都合がよかった。会社が一か月の引き継ぎ期間を設けているのは、仕事量が多いことと、学習期間を含めてのことだ。でも、引き継ぐ側が仕事に慣れ、即戦力になれるのなら、その期間は短縮しても構わない。たとえば沙依のように命を削る勢いで覚えようとしている彼女なら、半月もあれば全部の業務を引き継げるだろう。そうなれば、由奈も早めに会社を離れられる。だが、由奈はそれを望んではいなかった。彼女は沙依が健康な状態でこの仕事を引き継いでほしいと願っていた。もし無理をして体を壊したり、彼女自身がこの場を離れた後に倒れてしまったら、そのときは誰もフォローできない。なにより身体は大事だ。この数年で、由奈は年齢を重ねただけでなく、考え方も変わった。歳を重ねるほどに、「健康こそが一番大切だ」としみじみ感じるようになる。他のものは、すべてその上に積み重ねられるおまけにすぎない。今回の退職も、その一因は体調だった。もう以前のように無理をして働くことができなくなっていたのだ。報告書の処理を終えた由奈は、それを沙依に託して浩史のオフィスへ届けてもらうつもりだった。だが顔を上げると、沙依の姿が見当たらない。「どこ行ったの?」二度呼びかけても返事はなかった。仕方なく由奈は立ち上がり、自分で報告書を持っていくことにした。ドアをノックすると、中から冷たい声で「入れ」と返ってきた。由奈は静かにドアを開けた。部屋に入ると、浩史はちょうど窓際で電話をしていた。彼女が入ってきたことに気づくと、一瞬だけ視線を向け、すぐに電話の相手へと意識を戻した。由奈は邪魔をしないように、そのまま報告書をデスクの上に置いた。提出だけなので特に話すこともなく、置いた後すぐに退出しようとしたそのとき、背後から短く鋭い声が飛んだ。「待て」由奈は足を止め、戸惑いながら振り返った。浩史は指で自分の椅子のほうを示した。電話の最中で、声を出すことができなかった。由奈は何か仕事の指示でもあるのかと思い、そのまま指された方向に歩いていった。そして、電話が終わるのを待とうと、彼の椅子の横に控えめに立っていた。浩史はさらに二分ほど電話を続け、ようやく切ると、横に立っている

  • あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した    第1091話

    友作が出たあと、部屋の中はしんと静まり返った。彼女も去った。そしておそらく、もう二度と戻らない。弘次の耳に残ったのは、自分の心臓の鼓動だけだった。帰り道は驚くほど順調だった。出発した時間がちょうど渋滞を避けられたのだ。車はスムーズに高速道路へと入っていく。弥生はシートに身を預け、風の音に耳を傾けながら、高速に入る直前瑛介が言った言葉を思い出していた。「本当に、これでいいのか?そうしたら、簡単には引き返せない」弥生は唇を結んだまま、答えなかった。運転手は順調に高速道路を走り抜け、終点へと近づいていった。しばらくして、弥生はようやく気づいた。瑛介がまだこの件を気にしている。「私が彼と会えなかったとしても......あなたが気に病むことじゃないわ」静まり返った車内に、彼女の声が響いた。瑛介は振り向いた。弥生はまっすぐ彼を見つめて言葉を続けた。「あなたがそれを気にしている限り、彼の思うつぼになるんじゃないの?」その一言に、瑛介の目がわずかに見開かれた。まるで霧が晴れるように、すべてが腑に落ちた。そうだ。自分が彼の存在を意識しているかぎり、弘次の勝ちなのだ。「......なるほどな」暫く沈黙したあと、彼はふっと笑った。「君の言うとおりだ。俺が無駄に考えすぎてた」そう言って、弥生の肩を抱き寄せた。「もうこの話は終わりにしよう。これからは......ちゃんと、日常を生きよう」弥生はその胸に身を預け、静かにまばたきをした。けれど彼女の心の奥では、まだ別の何かが、ひっそりと疼いていた。一方その頃、由奈はこの数日、新人の沙依を指導していた。沙依はこの仕事をどうしても続けたいらしく、覚えも早く、誰よりも熱心だった。由奈が与える課題を、彼女はどれも真面目に仕上げてくる。資料整理を命じたときには、その内容を丸ごと暗記してきたほどだ。その結果、目の下のクマがまるでパンダみたいに濃くなってしまっていた。それを見た由奈は、思わず苦笑して言った。「勉強好きなのは嬉しいけど、体を壊したら意味がないわ。ちゃんと休まないと、仕事は続かないのよ」沙依は照れくさそうに笑って肩をすくめた。「大丈夫です、慣れてますから。徹夜くらい平気です」「でも、もし倒れたら?私

  • あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した    第1090話

    弥生はようやく恐怖から我に返り、唇を結んで小さく息を吐いた。「......そう」短い言葉のあと、空気がぴたりと止まった。弥生が隣を見ると、瑛介が黙って立っていた。彼女の視線に気づくと、彼は軽く眉を上げただけで何も言わなかった。完全に、彼女の判断に従うつもりらしい。弥生は彼と数秒見つめ合い、やがて小さく声を出した。「......もう、帰ろうか」瑛介は口の端をわずかに上げ、彼女の腰に手を添えて軽くつねるようにした。「君がそう決めたなら、それでいい」「うん」弥生は頷き、今度は友作に視線を向けた。もう迷いはなかった。「......私たちはこれで失礼するわ」そう言って、弥生はちらりと上の階に目をやった。彼女の視線の先、壁の隅に小型のカメラがひっそりと設置されている。そのカメラの奥、モニターを見つめていた弘次は、弥生がふとこちらを見上げた瞬間、息を飲んだ。まるで、彼女の瞳がレンズ越しに自分を見つめているかのようだった。弘次の唇が、ぎゅっと結ばれた。垂れ下がった右手が、音を立てるように拳を握り締めた。会いたい。その衝動が、喉元まで込み上げた。だが、次の瞬間、理性がそれを押しとどめた。もし今会ってしまったら、彼女は区切りをつけ、心から自分を手放すだろう。そしてきっと、穏やかな生活へ戻っていく。もう二度と、自分を思い出すこともなく。そう思うと、弘次の胸の奥にひどく冷たい痛みが広がった。それなら、いっそこのままでいい。彼女の心に、消えない棘として残ればいい。ゆっくりと、握っていた拳がほどけた。弘次はかすかに目を閉じ、無理やり笑みを作った。......これでいい。忘れられないままでいてくれ。弥生の瞳には、何の揺れもなかった。そのまま数秒だけ上を見上げ、やがて静かに目線を下ろした。「......行きましょう」「うん」瑛介は頷き、彼女の手を引いて歩き出した。二人は振り返ることなく、静かに去っていく。足音が遠ざかり、姿が完全に消えた。友作はその場にしばらく立ち尽くし、背後の階段から何の気配もないのを確認してから、ゆっくりと上がっていった。階段の途中で、彼はさりげなく壁際のカメラに目をやった。やはり、全て見ていたか。ドアを開け

  • あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した    第1089話

    友作は、弥生をじっと見つめた。彼女の顔には驚きも怒りもなかった。まるでこの結末を最初から分かっていたかのように。その落ち着きに、友作の胸の奥に嫌な予感が走った。そして、その予感はすぐに現実となった。「彼が会いたくないなら......私も無理にしませんので」弥生はやわらかく微笑み、まっすぐ友作を見つめた。「どうか彼に伝えてね。身体を大事にするようにって」友作は言葉を失った。「それから、友作」弥生はふと思い出したように口を開いた。「......もし、今後何か力になれることがあれば、遠慮なく言ってね」予想もしなかった言葉に、友作は思わず瞬きをした。彼女が弘次の話を続けると思っていたのに、突然自分のことを話題にするとは。「霧島さん......とんでもないです」友作は苦笑しながら言葉を継いだ。「私は黒田さんの部下ですから、もし彼が倒れたら、私の居場所もなくなる。だから守ったのは、あなたのためというより自分のためなんですよ」それでも弥生は静かに微笑んだ。その目には、彼の言葉の裏にある誠実さをちゃんと理解している光が宿っていた。「......そういうことにしておくけど。でも、あなたが危険を冒してまで動いてくれたこと、私は忘れないわ。だからもし何かあったら、必ず私を頼ってね。約束してくれる?」友作はそれ以上何も言えず、最後に頭を下げた。「......わかりました。ありがとうございます、霧島さん」「それじゃあ」そう言って彼女が背を向けたとき、友作は思わず問いかけた。「霧島さん、これからはどこへ?」「ええ、私は帰るわ。今回は長く滞在するつもりじゃなかったし......二人の子どもが待ってるから」「正確に言えば、『私たち』だ」不意に背後から声がした。次の瞬間、瑛介が歩み寄ってきて、弥生の腰をぐっと抱き寄せた。弥生は驚いて目を瞬いたが、すぐにその様子に呆れ半分の笑みを浮かべた。「......うん」まるで子どものように嫉妬を見せる彼に、苦笑を隠せない。一方の友作は、完全に予想外の光景に言葉を失った。嫌な予感が的中した。その直後。階上から、ドンッと鈍い衝撃音が響いた。空気が一瞬で張り詰め、全員の視線が一斉に天井へと向かった。だが廊下を挟んでいて、何

  • あの高嶺の花が帰ったとき、私が妊娠した    第1088話

    弘次はその言葉を聞いて、冷笑した。「届ける?そもそも、彼女がまだホテルにいると思うのか?本気で返すつもりだったなら、どうして昨日のうちに渡さなかったんだ?」友作はその皮肉を受け流し、淡々と答えた。「霧島さんは近くのホテルに滞在されていますので、行ってみてもいいかなと思いました」弘次は何も答えなかった。部下がスマホを届けに出ていったが、時間が過ぎても連絡は来ない。弘次がもう駄目かと思い始めたころ、ようやく報告が入った。「無事にお渡ししました。ただ、まだ雨がひどくて一時的にホテルで待機しているそうです」弘次は口を閉ざし、無言のまま考え込んでいた。友作が続けた。「話によると、雨が強すぎて霧島さんたちはしばらく動けないようです」その言葉を聞いた弘次の口元が、わずかに歪んだ。「......それがどうした?そんな些細なことまで報告する必要があるのか?」そう言い放つと、彼は無表情のまま部屋へ戻っていった。友作はその背中を見送りながら、ふとため息をついた。たしかに彼の言葉は冷たかった。だが、心なしかその背中は少し軽くなって見えた。雨が降り続く中、友作は弘次の胸の中に渦巻く感情を痛いほど感じ取っていた。翌朝。十時を過ぎても、弥生は現れなかった。弘次の顔には焦燥が浮かんでいたが、彼は一言も愚痴をこぼさなかった。スマホもすでに返した。友作にできるのはただ傍で静かに待つことだ。長い沈黙のあと、弘次が立ち上がり、部屋に戻ろうとしたその瞬間、「黒田さん」友作の声が彼の背にかかった。弘次は眉をひそめ、振り返った。その瞳には明らかな苛立ちが宿っていた。「何だ」「......霧島さんをお待ちなんですか?」「......違う」「誰がそんなことを言った?」それでも友作は怯まず、静かに問いを重ねた。「もし霧島さんが来られたら......お会いになりますか?」弘次は眉間に深い皺を寄せた。「なぜそんなことを聞く?」「彼女が来たときに、私が通すべきかどうかを判断するためです」しばしの沈黙のあと、弘次は低く言った。「......彼女は来ない」「もし来たら?会われますか?」そのとき、外から車のクラクションの音が響いた。弘次の肩がわずかに揺れた。薄い唇が固く結

続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status